きずのあと
痍のあと

冒頭文

豆粒位な痍のあとがある。これは予が十八の秋はじめて長途の旅行をした時の形見であるが今でも深更まで眠れない時などには考へ出して恐ろしい感じのすることもある。予は其頃まで奧州の白河抔といふと唯遠い所と計り思つて居たのであつたが、ふと陸地測量部の地圖を披いて案外に近い所なのに驚いた。それからといふもの旅行がして見たくて堪らないので母に二週間ばかりの旅費を貰つて出掛けた。水戸から久慈郡へ拔けて蒟蒻粉で有名

文字遣い

旧字旧仮名

初出

底本

  • 長塚節全集 第二巻
  • 春陽堂書店
  • 1977(昭和52)年1月31日