私(わたし)が十一か二の年の冬の夜だつたと覚えてゐる。お父さんは役所の宿直番で、私はお母さんと二人炬燵(こたつ)にさしむかひにあたつてゐた。背戸の丸木川(まるきがは)の水も、氷りつめて、しん〳〵と寒さが身にしみるやうだ。お母さんは縫物をしてゐる。私は太閤記(たいかふき)かなんぞ読みふけつてゐる。二人とも黙りこくつて、大分夜も更けた頃(ころ)だつた。 「孝(かう)一や。」 とお母さんが呼んだ