つきみそう
月見草

冒頭文

馬車が深い渓流に沿った懸崖の上を走っていた。はるかの底の方に水の音がする。崖の地肌には雪に、灰色の曇った空がうつって、どことなく薄黒い。疎林がその崖に死んだように立っている。 その中に、馬車の轍(わだち)の跡だけが、泥に染(にじ)んでいる。私はいま、東北の或る田舎を旅をしているのだが、この地方では、三月の半ば過ぎていると言うのに、まだ空は雪催(ゆきもよ)いだ。 私は馬車の窓に倚

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 遠野へ
  • 葉舟会
  • 1987(昭和62)年4月25日