うみのゆうわく
海の誘惑

冒頭文

人影のない夕暮の砂浜を、たゞ一人、歩いてゐることが好きでした。 それは私の感傷癖と別に関係はないやうです。水と空とを包む神秘な光に心を躍らせる外、一向追憶めいた追憶にふけるわけでもなかつたのですから。まして、月が波の上に出るのを待つて、ロマンスの一節を口吟むほど甘美なリヽシズムをも持ち合せてゐない私なのですから。 が、然し、それは、私の空想癖とは密接な交渉があるらしく思はれます

文字遣い

新字旧仮名

初出

「女性 第八巻第一号」1925(大正14)年7月1日

底本

  • 岸田國士全集20
  • 岩波書店
  • 1990(平成2)年3月8日