斉藤平太は、その春、楢岡(ならをか)の町に出て、中学校と農学校、工学校の入学試験を受けました。三つとも駄目(だめ)だと思ってゐましたら、どうしたわけか、まぐれあたりのやうに工学校だけ及第しました。一年と二年とはどうやら無事で、算盤(そろばん)の下手な担任教師が斉藤平大の通信簿の点数の勘定を間違った為(ため)に首尾よく卒業いたしました。 (こんなことは実にまれです。) 卒業するとすぐ家へ戻されまし