ふじ
富士

冒頭文

人間も四つ五つのこどもの時分には草木のたたずまいを眺めて、あれがおのれに盾突くものと思い、小さい拳(こぶし)を振り上げて争う様子をみせることがある。ときとしては眺めているうちこどもはむこうの草木に気持を移らせ、風に揺ぐ枝葉と一つに、われを忘れてゆららに身体を弾ませていることがある。いずれにしろ稚純な心には非情有情の界を越え、彼(ひ)と此(し)の区別を無(な)みする単直なものが残っているであろう。

文字遣い

新字新仮名

初出

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

底本

  • 岡本かの子全集6
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1993(平成5)年9月22日