あきのくも
秋の雲

冒頭文

一 熊川忠範の名前は、今や、全村はおろか、県下に知れ渡らうとしてゐる、といつても言ひ過ぎではない。 一介の炭焼が、突如として名声を博し、やがて産を成す希望を与へられたと言へば、おそらく森の奥で金塊を拾つたか、谷川のほとりにラヂウム泉の湧き出るのを見つけたか、そのへんのところに相違ないと思ふひともあらうが、話はもう少し込み入つてゐて、しかも、人生の皮肉を興深く感じさせるものである

文字遣い

新字旧仮名

初出

「サンデー毎日 第三十年第三十七号(新秋特別号)」1951(昭和26)年9月10日

底本

  • 岸田國士全集18
  • 岩波書店
  • 1992(平成4)年3月9日