おおさかというところ
大阪といふところ

冒頭文

は仁徳天皇のころから既に開けた都會であることは申すに及ばない。聖徳太子の四天王寺や、蓮如上人の石山本願寺建立に因みて、抹香臭い氣持ちがする。しかし豐臣秀吉が爭亂を平定して、こゝに築城してから、その空氣は一新し、大阪の本質を發揮した。大阪は海灣に面して、淀川は舟楫の便あり、四通八達、物資の集散地として、屈強な地の利、水の利がある。かくの如き土地が開發されるのは、自然の勢であつて、淀川の河身改良を行ひ

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「大阪朝日新聞」大阪朝日新聞社、1933(昭和8)年1月3日

底本

  • 隨筆
  • 改造社
  • 1936(昭和11)年11月20日