てじなし
手品師

冒頭文

浅草公園で二三の興行物を経営してゐる株式会社『月世界』の事務所には、専務取締役の重役がいつもの通り午前十時十五分前に晴々しい顔をして出て来た。美しく霽(は)れ上つた秋の朝で、窓から覗(のぞ)くと隣りのみかど座の前にはもう二十人近くの見物人が開館を待つてゐる。重役はずつとそれらを見渡して、満足さうに空を仰いだ。すぐ前にキネマ館が白い壁を聳(そばだ)ててゐるので、夜前の雨に拭(ぬぐ)はれ切つた空が、狭

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新思潮」1916(大正5)年4月

底本

  • 現代日本文學大系 45 水上瀧太郎 豐島與志雄 久米正雄 小島政二郎 佐佐木茂索 集
  • 筑摩書房
  • 1973(昭和48)8月30日