くまのなちさん
熊野奈智山

冒頭文

眼の覺めたままぼんやりと船室の天井を眺めてゐると、船は大分搖れてゐる。徐ろに傾いては、また徐ろに立ち直る。耳を澄ましても濤も風も聞えない。すぐ隣に寢てゐる母子(おやこ)づれの女客が、疲れはてた聲でまた折々吐いてゐるだけだ。半身を起して見∱Eすと、室内の人は悉くひつそりと横になつて誰一人煙草を吸つてる者もない。 船室を出て甲板に登つてみると、こまかい雨が降つてゐた。沖一帶はほの白い光を包ん

文字遣い

旧字旧仮名

初出

底本

  • 若山牧水全集 第五卷
  • 雄鷄社
  • 1958(昭和33)年8月30日