かなしみのひより
かなしみの日より

冒頭文

彼女は、遠くの方でしたやうな、細い糸のやうな赤ん坊の泣き声を、ふと耳にしてうつゝのやうに瞳を開けた。もはや部屋のなかには電気がついてゝ戸は立てられてあった、そして淡黄色(うすきいろ)い光りが茫然(ぼんやり)と部屋の中程を浮かさるゝやうになって見えた。 『一寸もお苦しくは御座いませんか。気が遠くなるやうじゃ御座いませんか。』 彼女の瞳がうっすらと開いたのを見て、色の黒い目っかちのやうな産

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 素木しづ作品集
  • 札幌・北書房
  • 1970(昭和45)年6月15日