なかむらつねしのついおく
中村彝氏の追憶

冒頭文

自分が中村彝(つね)氏を訪問したのはあとにも先にもただ一度である。 田中舘(たなかだて)先生の肖像を頼む事に関して何かの用向きで、中村清二(せいじ)先生の御伴をして、谷中(やなか)の奥にその仮寓(かぐう)を尋ねて行った。それは多分初夏の頃であったかと思う。谷中の台地から田端(たばた)の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲(わんきょく)した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋

文字遣い

新字新仮名

初出

「木星」1925(大正14)年6月1日

底本

  • 寺田寅彦全集 第八巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年7月7日