かけおち
駆落

冒頭文

寺院は全く空虚である。 贄卓(にへづくゑ)の上の色硝子(いろガラス)の窓から差し入る夕日が、昔の画家が童貞女の御告(おつげ)の画にかくやうに、幅広く素直に中堂に落ちて、階段に敷いてある、色の褪めた絨緞を彩つてゐる。それからバロツク式の木の柱の立つてゐる、レクトリウムを通つて、その奥の方に行くと、段々暗くなつて、そこには煤(すゝ)けた聖者の像の前に点(とも)してある、小さい常燈明が、さも意

文字遣い

新字旧仮名

初出

「女子文壇」八ノ一、1912(明治45)年1月1日

底本

  • 鴎外選集 第14巻
  • 岩波書店
  • 1979(昭和54)年12月19日