みかん
蜜柑

冒頭文

或(ある)曇った冬の日暮である。私(わたくし)は横須賀(よこすか)発上り二等客車の隅(すみ)に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗(のぞ)くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯(ただ)、檻(おり)に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠(ほ)え立てていた。これらはその時の私

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮」1919(大正8)年5月

底本

  • 蜘蛛の糸・杜子春
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1968(昭和43)年11月15日