わたしは年若い頃、いろいろの夢を作って来たが、あとではあらかた忘れてしまい惜しいとも思わなかった。いわゆる囘憶(おもいで)というものは人を喜ばせるものだが、時にまた、人をして寂寞(せきばく)たらしむるを免れないもので、精神(たましい)の縷糸(いと)が已(すで)に逝ける淋しき時世になお引かれているのはどういうわけか。わたしはまるきり忘れることの出来ないのが苦しい。このまるきり忘れることの出来ない一部