たにざきじゅんいちろうし
谷崎潤一郎氏

冒頭文

僕は或初夏の午後、谷崎氏と神田をひやかしに出かけた。谷崎氏はその日も黒背広に赤い襟飾りを結んでゐた。僕はこの壮大なる襟飾りに、象徴せられたるロマンティシズムを感じた。尤もこれは僕ばかりではない。往来の人も男女を問はず、僕と同じ印象を受けたのであらう。すれ違ふ度に谷崎氏の顔をじろじろ見ないものは一人もなかつた。しかし谷崎氏は何と云つてもさう云ふ事実を認めなかつた。 「ありや君を見るんだよ。そん

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 芥川龍之介全集 第十巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年8月8日発行