さんじょうこ
山上湖

冒頭文

十月の半ばをちょっと過ぎたばかりで、湖水をかこむ彼方の山々の峯には、仄白く見えるほどに雪が降った。翌日からは南の風で少し温く、空晴れて、宵に大きな月がでた。 「まあ、きれいな月……。外に出てみよう。」 誘うともなく、誘わぬともなく、言いすてて、私は外套をまとい、スカーフを首に巻きつけた。 「ちょっと待って。これで大丈夫かな。」 寒くはないかという意味なのだ。シャツの上に湯上

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮」1949(昭和24)年1月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年6月25日