しろが ――きんだいせつわ―― |
白蛾 ――近代説話―― |
冒頭文
住居から谷一つ距てた高台の向う裾を走る省線電車まで、徒歩で約二十分ばかりの距離を、三十分ほどもかけてゆっくりと、岸本省平は毎日歩きました。それは通勤の往復というよりは、散歩に似ていました。道筋も気分によって変りました。 会社の方には殆んど仕事らしいものもなく、出勤時間も謂わば自由でした。戦時中仏印に新らしく設けられた商事会社の、本社とは名ばかりの東京の事務所でありまして、終戦の翌年の四月
文字遣い
新字新仮名
初出
「群像」1946(昭和21)年10月
底本
- 豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)
- 未来社
- 1965(昭和40)年6月25日