はたのてい
波多野邸

冒頭文

波多野洋介が大陸から帰って来たのは、終戦後、年を越して、四月の初めだった。戦時中の三年間、彼地で彼が何をしていたかは、明かでない。居所も転々していた。軍の特務機関だの、情報部面だの、対重慶工作だの、いろいろなことに関係していたらしく言われているが、本人はただ、あちこち見物して歩いたと笑っている。実際のところ、本人の言葉が最も真実に近いものであろう。 彼は事実をあまり語らなかった。意見を殆

文字遣い

新字新仮名

初出

「展望」1946(昭和21)年8月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年6月25日