しおばな
塩花

冒頭文

爪の先を、鑢で丹念にみがきながら、山口専次郎は快心の微笑を浮かべた。 ——盲目的に恋する者はいざ知らず、意識的に恋をする者は……。 この、意識的に恋をするという自覚が、なにか誇らしいものと感ぜられたのである。そして今や、それにふさわしいだけの身づくろいが出来上りつつあった。 手の爪をみがくのが終りである。足の爪はもうきれいにつんであった。顔はきれいに剃られて、香りのよ

文字遣い

新字新仮名

初出

「世界」1946(昭和21)年2月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年6月25日