しんのゆうしゅう
秦の憂愁

冒頭文

星野武夫が上海に来て、中国人のうちで最も逢いたいと思ったのは秦啓源であった。だが秦啓源は、謂わば上海の市中に潜居してるもののようで、その消息がよく分らなかった。 星野は中日文化協会の人に頼んだ。 協会の人は頭をかしげた。 「秦啓源氏のことは、よく分りませんが、早速取調べて、何とか連絡をつけましょう。」 それが、幾日待っても、音沙汰なかった。 星野は大陸新報

文字遣い

新字新仮名

初出

「文芸」1944(昭和19)年11月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年6月25日