アド・バルーン |
アド・バルーン |
冒頭文
その時、私には六十三銭しか持ち合せがなかったのです。 十銭白銅六つ一銭銅貨三つ。それだけを握って、大阪から東京まで線路伝いに歩いて行こうと思ったのでした。思えば正気の沙汰(さた)ではない。が、むこう見ずはもともと私にとっては生れつきの気性らしかったし、それに、大阪から東京まで何里あるかも判らぬその道も、文子に会いに行くのだと思えば遠い気もしなかった、……とはいうものの、せめて汽車賃の算段
文字遣い
新字新仮名
初出
「新文学」1946(昭和21)年3月
底本
- 日本文学全集72 織田作之助 井上友一郎集
- 集英社
- 1975(昭和50)年3月8日