ものの影 |
ものの影 |
冒頭文
池、といっても、台地の裾から湧き出る水がただ広くたまってる浅い沼で、その片側、道路ぞいに、丈高い葦が生い茂り、中ほどに、大きな松が一本そびえている。そのへんを、俗に一本松と呼ばれていて、昼間は田舎びた風情があり、夜分はちと薄気味わるい。 この一本松のところを、或る夜遅く、島野彦一は通りかかった。焼酎にしたたか酔って、頭脳はからっぽ、足は宙に浮きがちだった。微風もなく、夜気は冴えていた。
文字遣い
新字新仮名
初出
「心」1952(昭和27)年1月
底本
- 豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)
- 未来社
- 1966(昭和41)年11月15日