ひろばのベンチ
広場のべンチ

冒頭文

公園と言うには余りに狭く、街路に面した一種の広場で、そこの、篠懸の木の根本に、ベンチが一つ置かれていた。重い曇り空から、細雨が粗らに落ちていて、木斛の葉も柳の葉も、夾竹桃の茂みも、しっとり濡れていたが、篠懸の葉下のベンチはまだ乾いていた。 そのベンチに、野呂十内が独り腰掛けていた。手提鞄を膝に置いて両手で抱え、帽子の縁を深く垂らし、眼を地面に落して、我を忘れたように考え込んでるのである。

文字遣い

新字新仮名

初出

「文芸」1951(昭和26)年9月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)
  • 未来社
  • 1966(昭和41)年11月15日