きりのなか ――「まさおのせかい」―― |
霧の中 ――「正夫の世界」―― |
冒頭文
南正夫は、もう何もすることがなかった。無理を云って山の避暑地に九月半ばまで居残ったが、いずれは東京の家に、そして学校に、戻って行かなければならないのだ。なんだか変につまらない。ただ一人で、丘の斜面の草原の上に寝ころんでぼんやりしていると、いろいろなことが頭に浮んでくる。大空が、目のまわるほど深くて青い。白い雲が流れる。大気がひえびえとしている。遠くの山々が、ひっそりと、薄っペらで、紙細工のようだ。
文字遣い
新字新仮名
初出
底本
- 豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ
- 未来社
- 1966(昭和41)年8月10日