おんなとぼうし ――「こあくまのきろく」――
女と帽子 ――「小悪魔の記録」――

冒頭文

一 今村はまた時計を眺めて、七時に三十分ばかり間があることを見ると、珈琲をも一杯あつらえておいて、煙草をふかし始めた。卓子に片肱をついて、掌で頣を支えながら、時々瞼をとじては、何かぴくりとしたように見開いている。もうこうなったら、俺のものだ。然し、最後になおちょっと元気をつけておいてやる必要もあるし、心窩(みぞおち)のあたりを擽ってやりたくもなったので——眠いんですか、それとも、瞼が重たいん

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1938(昭和13)年5月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)
  • 未来社
  • 1966(昭和41)年8月10日