さかたのばあい ――「こあくまのきろく」―― |
坂田の場合 ――「小悪魔の記録」―― |
冒頭文
坂田さん、じゃあない、坂田、とこう呼びずてにしなければならないようなものが、俺のうちにある。というのはつまり、彼自身のうちにあるのだ。 母親がまだ達者で、二人の女中を使って家事一切のことをやってくれている。家の中はこぎれいに片付き、畳や唐紙も古くなく新らしくなく、家具調度の類も過不足なくととのい、座敷の床の間にはいつも花が活けてある。中流社会の生活伝統といったものが、黴もはやさず、花も咲
文字遣い
新字新仮名
初出
「文芸春秋」1936(昭和11)年7月
底本
- 豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)
- 未来社
- 1966(昭和41)年8月10日