ちちのかたみ |
父の形見 |
冒頭文
正夫よ、君はいま濃霧のなかにいる。眼をつぶってじっとしていると、古い漢詩の句が君の唇に浮んでくるだろう。幼い頃、父の口からじかに君が聞き覚えたものだ。 その頃君の父は、土地の思惑売買に失敗し、更に家運挽回のための相場に失敗し、広い邸宅を去って、上野公園横の小さな借家に移り住んでいた。君の母はもう亡くなっていた。老婢が苦しい世帯をきりもりしてくれた。父は感情の調子で時々酒を飲んだ。陶然とし
文字遣い
新字新仮名
初出
「行動」1934(昭和9)年10月
底本
- 豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)
- 未来社
- 1966(昭和41)年8月10日