しいのき
椎の木

冒頭文

一 牧野良一は、奥日光の旅から帰ると、ゆっくり四五日かかって、書信の整理をしたり、勉強のプランをたてたりして、それから、まっさきに、川村さんを訪れてみた。 川村さんはもう五十近い年頃で、妻も子もなく、独りで老婢をやとって暮していた。学者だが、何が専門で何が本職だか分らなかった。書斎にはいろんな書物がぎっしり並んでおり、雑誌や新聞に詩や批評や随筆などいろいろなものを書き、私立大学に少

文字遣い

新字新仮名

初出

「経済往来」1934(昭和9)年2月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ
  • 未来社
  • 1966(昭和41)年8月10日