こくてん ――あるせいねんの「かいそうき」のいっせつ――
黒点 ――或る青年の「回想記」の一節――

冒頭文

前から分っていた通り、父は五十歳限り砲兵工廠を解職になった。 十二月末の、もう正月にも五日という、風の強い寒い日だった。父はいつになく早く帰ってきた。 「電気はまだか、薄暗くなってるに。」 初めは怒鳴りつけるような、後は泣くような、声の調子だった。が、まだどこか昼の光の残ってる中につけられた、赤っぽい電燈の光で見る父の顔に、私はなお一層びっくりした。父は弁当箱を抛り出して、火

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮」1926(大正15)年3月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年12月15日