どうてい
童貞

冒頭文

ぼんやりしていた心地を、ふいに、見覚えのある町角から呼び醒されて、慌てて乗合自動車から飛び降りた。それから機械的に家の方へ急いだ。 胸の中が……身体中が、変にむず痒くって、息がつけなかった。頬辺から鼻のあたりに、こな白粉の香がこびりついていて、掌で……それからハンケチで、いくら拭いても取れなかった。拭けば拭くほど、ぷーんと匂ってきた。 嬉しいようで、なさけないようで、ほーっと息

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1925(大正14)年4月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年12月15日