でんしゃていりゅうじょう
電車停留場

冒頭文

七月の中旬、午後からの曇り空が、降るともなく晴れるともなく、そのまま薄らいで干乾(ひから)びてゆき、軽い風がぱったりと止んで、いやに蒸し暑い晩の、九時頃のことだった。満員とまではゆかなくとも、可なり客の込んでいる一台の電車が、賑やかな大通りをぬけて、街灯のまばらな終点の方へと、速力を早めて走っていた。車掌木原藤次は、自分の職務にさして気乗りがしているでもなく、さりとて屈託しているでもなく、気のない

文字遣い

新字新仮名

初出

「女性」1923(大正12)年10月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年12月15日