しょうせつちゅうのおんな |
小説中の女 |
冒頭文
その日私は、鎌倉の友人の家で半日遊び暮して、「明日の朝から小説を書かなければならない」ので、泊ってゆけと勧められるのを無理に辞し去って、急いで停車場へ駆けつけ、八時四十何分かの東京行きの汽車に、発車間際に飛び乗った。そして車室の、人の少い程よい場所をちらっと見定めて、帽子とステッキとを網棚の上に投り上げながら、足先の力を抜いて深々と腰を下したが、慌しく飛び込んで来た車室の明るい光と乗客達の視線とに
文字遣い
新字新仮名
初出
「サンデー毎日」1923(大正12)年7月
底本
- 豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)
- 未来社
- 1965(昭和40)年12月15日