のざらし
野ざらし

冒頭文

一 「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。」 電車が坂道のカーヴを通り過ぎて、車輪の軋り呻く響きが一寸静まった途端に、そういう言葉がはっきりと聞えた。両腕を胸に組んで寒そうに——実際夕方から急に冷々としてきた晩だった——肩をすぼめていた佐伯昌作は、取留めのない夢想の中からふと眼を挙げて見ると、印半纏(しるしばんてん)を着た老人の日焼した顔が、髭を剃り込んだ頣をつき

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1923(大正12)年1月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年12月15日