みらいのてんさい
未来の天才

冒頭文

幸福というものは、何時何処から舞い込んでくるか分らない。それをうまく捉えることが肝要なのだ。——あの朝、遅くまで寝床に愚図々々してた時、天井からすっと蜘蛛の子が降(お)りてきた。あるかなきかの細い一筋の糸を伝って、風よりも軽いちっちゃな蜘蛛の子が、室の中に澱んだ空気の間をぬけて、すーっと降りてくる拍子に、私の顔へぼやりと落ちかかった。微妙な一種の感触——それもあるかなきかの——に、ふっと眼を開くと

文字遣い

新字新仮名

初出

「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日

底本

  • 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
  • 未来社
  • 1967(昭和42)年6月20日