ふたつのみち
二つの途

冒頭文

一 看護婦は湯にはいりに出かけた。 岡部啓介はじっと眼を閉じていた。そして心の中で、信子の一挙一動を追っていた。——彼女は室の中を一通り見渡した。然し何も彼女の手を煩わすものはなかった。火鉢の火はよく熾(おこ)っていた。その上に掛ってる洗面器からは盛んに湯気が立っていた。床の間にのせられてる机の上には、真白な布巾の下に薬瓶が並んでいた。机の横には、吸入器や紙や脱脂綿や其他のもの

文字遣い

新字新仮名

初出

「新小説」1920(大正9)年5月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
  • 未来社
  • 1967(昭和42)年6月20日