ぐんしゅう
群集

冒頭文

大正七年八月十六日夜—— 私は神保町から須田町の方へ歩いて行った。両側の商店はもう殆んど凡てが戸を締めていた。大きな硝子戸や硝子窓の前には蓆を垂らしてる家が多かった、間(あいだ)には板を縦横に打ちつけてる家もあった。街路が妙に薄暗かった。黙々とした人影が皆須田町の方へ流れていた。「今夜は須田町から小川町をぬけて神保町の方へ来るそうだ、」と誰が云ったとも分らない言葉が私の耳に響いた。電車が

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1919(大正8)年5月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
  • 未来社
  • 1967(昭和42)年6月20日