くすのきのはなし
楠の話

冒頭文

その頃私の家は田舎(いなか)の広い屋敷に在った。屋敷の中には、竹籔があり池があり墓地があり木立があり広い庭があり、また一寸した野菜畑もあった。私は子供時代に、屋敷から殆んど一歩もふみ出さないで面白く遊び廻ることが出来た。そして私の幼い心の最大の誇りは、屋敷の隅にある大きい楠だった。数十間真直に聳えた幹の根元は、それ全体が瘤のように円く膨らんで、十尋(とひろ)に余るほどの大きさだった。その根元の所か

文字遣い

新字新仮名

初出

「文章世界 第拾四卷第四號」博文堂、1919(大正8)年4月1日

底本

  • 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
  • 未来社
  • 1967(昭和42)年6月20日