おんじん |
恩人 |
冒頭文
年毎に彼の身体に悪影響を伝える初春の季節が過ぎ去った後、彼はまた静かなる書斎の生活をはじめた、去ってゆく時の足跡をじっと見守っているような心地をし乍ら。木蓮の花が散って、燕が飛び廻るのを見守っては、只悠久なるものの影をのみ追った。然しその影の淡々(あわあわ)しいのを彼の心が見た。 前日からの風が夜のうちに止んで、朗らかな朝日の影が次第に移っていった。その時女中が一封の信書を彼の書斎に届け
文字遣い
新字新仮名
初出
「帝国文学」1914(大正3)年5月
底本
- 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
- 未来社
- 1967(昭和42)年6月20日