こわく |
蠱惑 |
冒頭文
——私はその頃昼と夜の別々の心に生きていた。昼の私の生命は夜の方へ流れ込んでしまった。昼間は私にとって空虚な時間の連続にすぎなかった。其処には淡く煙った冬の日の明るみと、茫然とした意識と、だらけ切った世界とが、倦怠の存在を続けているばかりだった。然し夜になると私の心は鏡の面のように澄んでくる。其処に映ずる凡ての物象は溌溂たる生気に覚醒(めざ)むる。そして凡てがある深い生命の世界から覗く眼となるのだ
文字遣い
新字新仮名
初出
「新思潮」1914(大正3)年3月
底本
- 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
- 未来社
- 1967(昭和42)年6月20日