あさまさんろくより
浅間山麓より

冒頭文

真夏の正午前の太陽に照りつけられた関東平野の上には、異常の熱量と湿気とを吸込んだ重苦しい空気が甕(かめ)の底のおりのように層積している。その層の一番どん底を潜って喘(あえ)ぎ喘ぎ北進する汽車が横川駅を通過して碓氷峠(うすいとうげ)の第一トンネルにかかるころには、もうこの異常高温層の表面近く浮かみ上がって、乗客はそろそろ海抜五百メートルの空気を皮膚に鼻にまた唇に感じはじめる。そうして頂上の峠の海抜九

文字遣い

新字新仮名

初出

「週刊朝日」1933(昭和8)年10月

底本

  • 寺田寅彦全集 第四巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年3月5日