だんぺん(いち)
断片(Ⅰ)

冒頭文

一 神保町(じんぼうちょう)から小川町(おがわまち)の方へ行く途中で荷馬車のまわりに人だかりがしていた。馬が倒れたのを今引起こしたところであるらしい。馬の横腹から頬の辺まで、雨上がりの泥濘がべっとりついて塗り立ての泥壁を見るようである。あらわな肋骨(ろっこつ)の辺には皮が擦り剥けて赤い血が泥ににじんでいるところがある。馬の腹は波を打つように大きくせわしなく動いている。堪え難い苦痛があの大きな

文字遣い

新字新仮名

初出

「明星」1922(大正11)年8月

底本

  • 寺田寅彦全集 第三巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年2月5日