いとくず
糸くず

冒頭文

市(いち)が立つ日であった。近在近郷(きんごう)の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯(からだ)を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚(すね)はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしていない。それは鋤(すき)に寄りかかる癖があるからで、それでまた左の肩を別段にそびやかして歩み、体格が総じて歪(いが)んで見える。膝(ひざ)のあたりを格別に拡(ひろ)

文字遣い

新字新仮名

初出

「国民之友」1898(明治31)年3月

底本

  • 武蔵野
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1939(昭和14)年2月15日、1972(昭和47)年8月16日改版