ダウン・タウン
下町

冒頭文

風が冷いので、りよは陽の当たる側を選んで歩いた。なるべく小さい家を目的にして歩く。昼頃だつたので、一杯の茶にありつける家を探した。軒づたひに、工事場のやうな板塀を曲つて、銹びた鉄材の積み重ねてある奥をのぞくと、硝子戸の中で、ぱちぱちと火の弾ぜてゐる小舎があつた。後から自転車で来た男が、片足を地へつけて「葛飾の区役所はどこだね?」と訊いた。りよは知らなかつたので、「私も、通りすがりのもので知りません

文字遣い

新字旧仮名

初出

「別冊小説新潮」1949(昭和24)年4月号

底本

  • 林芙美子全集 第九巻
  • 文泉堂出版
  • 1977(昭和52)年4月20日