かけいのはなし
筧の話

冒頭文

私は散歩に出るのに二つの路を持っていた。一つは渓(たに)に沿った街道で、もう一つは街道の傍から渓に懸った吊橋(つりばし)を渡って入ってゆく山径だった。街道は展望を持っていたがそんな道の性質として気が散り易かった。それに比べて山径の方は陰気ではあったが心を静かにした。どちらへ出るかはその日その日の気持が決めた。 しかし、いま私の話は静かな山径の方をえらばなければならない。 吊橋を

文字遣い

新字新仮名

初出

「近代風景」1928(昭和3)年4月

底本

  • 檸檬・ある心の風景
  • 旺文社文庫、旺文社
  • 1972(昭和47)年12月10日