なつのよのゆめ
夏の夜の夢

冒頭文

月の出の間もない夜更けである。暗さが弛(ゆる)んで、また宵が来たやうなうら懐かしい気持ちをさせる。歳子は落付いてはゐられない愉(たの)しい不安に誘はれて内玄関から外へ出た。 「また出かけるのかね、今夜も。——もう気持をうち切つたらどうだい。」 洋館の二階の書斎でまだ勉強してゐた兄が、歳子の足音を聞きつけて、さういつた。 窓硝子(ガラス)に映る電気スタンドの円いシエードが少しも

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文芸」1937(昭和12)年7月

底本

  • 日本幻想文学集成10 岡本かの子
  • 国書刊行会
  • 1992(平成4)年1月23日