ふゆのはえ
冬の蠅

冒頭文

冬の蠅(はえ)とは何か? よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅。彼らはいったいどこで夏頃の不逞(ふてい)さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明に黝(くろず)んで、翅体(したい)は萎縮(いしゅく)している。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚(こより)のように痩(や)せ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかない

文字遣い

新字新仮名

初出

「創作月刊」1928(昭和3)年5月

底本

  • 檸檬・ある心の風景
  • 旺文社文庫、旺文社
  • 1972(昭和47)年12月10日