流鶯(りゅうおう)啼破(ていは)す一簾(いちれん)の春。書斎に籠(こも)っていても春は分明(ぶんみょう)に人の心の扉(とびら)を排(ひら)いて入込(はいりこ)むほどになった。 郵便脚夫(ゆうびんきゃくふ)にも燕(つばめ)や蝶(ちょう)に春の来ると同じく春は来たのであろう。郵便という声も陽気に軽やかに、幾個(いくつ)かの郵便物を投込んで、そしてひらりと燕がえしに身を翻(ひるが)えして去った。