ついぼ
追慕

冒頭文

今日は心持の好い日だ。 空がくっきりと晴れ渡って、刷き寄せられるような白雲が、青い穂先の楡の梢を掠めて、彼方の山並の間に畳まって行く。 凝(じっ)と坐って耳を傾けると、目の下の湖では淡黄色い細砂に当って溶ける優婉な漣の音が、揺れる楊柳の葉触れにつれて、軽く、柔く、サ……、サ……、と通って来る。心持のよい日だ。 私の周囲を取繞く総てのものは、皆七月の太陽を身に浴びて嬉々

文字遣い

新字新仮名

初出

「大横浜」1920(大正9)年2月号

底本

  • 宮本百合子全集 第十七巻
  • 新日本出版社
  • 1981(昭和56)年3月20日