はなのさくころ
花の咲く比

冒頭文

暖かな春の夜で、濃い月の光が霞のかかったように四辺(あたり)の風物を照らしていた。江戸川縁(べり)に住む小身者の壮(わか)い侍は、本郷の親類の許(もと)まで往って、其処で酒を振舞われたので、好い気もちになって帰って来た。 夜はかなりに更けていたが、彼は独身(ひとり)者で、家には彼を待っている者もないので、急いで帰る必要もなかった。彼はゆっくりと歩きながら、たまに仲間に提灯(ちょうちん)を

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 日本の怪談(二)
  • 河出文庫、河出書房新社
  • 1986(昭和61)年12月4日